魂の重さの量り方

魂の重さの量り方

魂の重さの量り方

 1999年のイグ・ノーベル賞受賞者による科学エッセイ。
 人間が死ぬときに、その体からいくらかの重量が減っていくという話、その重量は約30グラムである→魂の重さは30グラムという話は、オカルト好きな子供たちに魂の物質性を思い知らせるわりかし有名なものであると思います。表題エッセイはこの話を検証。結論から言うと、これ本当に重量が減っているそうです。で、鼠の実験なんかでもちゃんと死んだあと重量が減っている*1。……なら魂って物質なのか、ってんじゃなくて、これは「魂が抜けた」から軽くなるのじゃなく、そのほかの理由でも証明されうる、ということを説明しております。まあ「魂が抜けたからではない」ということを証明することはむつかしいけどな。ほかにも避雷針の先端についての論争とか、錬金術と初期の科学の歴史とか、非常に興味深い。おすすめ。

ところで以下は錬金術についてのエッセイについていた註。あまりに描写がえげつないのでとりあえず隠しておきます。ガクガクブルブル。

黄燐は、リンの物理的に異なる形態(同素体)の一つ。着火しやすいためマッチの頭に使われていたが、これがマッチ業界の労働者に与えた影響は破壊的なもので、多くの人が最後には「燐顎」におかされた。その症状は歯痛からはじまり、やがて歯茎と顎が腫れて痛むようになる。膿瘍が形成され、流れ出る膿の悪臭は、犠牲者の存在をほとんど耐えがたいものにしてしまう。患者の顎は文字どおり腐り、暗い場所では緑白色の光を放つ。唯一の治療法は外科手術で顎骨を摘出することだが、苦痛に満ちた、外貌を損ねる手術である。黄燐は最終的にはマッチへの使用が禁止され、代わって赤燐が使われるようになった。これもリンの同素体で、簡単には着火しないが「燐顎」を引き起こすことはない。

 嫌ああああ。肉体が発光するというのはソ連の原潜乗りに関するうわさを彷彿とさせます。まあこちらのほうが古いわけだが。もう西部劇なんかで黄燐マッチをつかう場面を平静には見られません。

*1:今思ったんだが、キリスト教はだいたい動物の魂の存在は教義になかった気がする。じゃあこのこと自体が(神学的には)重要な反証になるのでは?