「大江戸ロケット 第九巻」(ネタバレあり)

 空から降ってきた娘さんを月に帰すための煙火大江戸エンジニア物語もついに最終巻。
 今巻では、赤井の旦那が男を立てたね! いやもう。青い獣の分裂体に「御用だ!!」つったときの恰好良さといったら、第一話での姿からは思いもよらない。ていうかこんな立派な人物になるとは思わなかったよ! たぶん役人仕事で鬱屈とプライドばかりが詰め込まれた人生に特大の風穴を開けてくれたおユウさんが、旦那には観音様みたいに思われて、それからどんどん変わっていったんだろう。それでおユウさんが「空豆」から脱出させてくれたときに、彼は決定的に変わったんだろうなー。どうみても殺伐カップルだったしやってることといったら咎人まっしぐらだったけどね! でも第二十五話で、眼(に化けた分裂体)にかくまってほしいと頼む姿で、あー本当にこの人変わったんだなーと判った。初期のキリキリカリカリしている旦那だったら、自分を侮らせて敵中に入り込むなんてことできませんでしたよ。最期におユウさんに会えて、「やりとげた男の顔」で逝けてよかったねえ。蓮のうてなでもどうか仲良く。戦いは負け戦だったけれど、赤井西之介は、たしかにやりとげたのだ。「自分の思うように生きる」という、この物語の大きなテーゼを。
 それから、この巻で印象的なのは、金さんの変節。いや本人はずっとこのスタンスだったんだけれど、劇中にそれが明らかになっていなかったからね。で、立ち位置は違うけれどもやっていることは結果的に、町方から見ると鳥居様と同じ表現形になっているというのが、シビアでよかったです。たいていのフィクションだと、「遠山金四郎」というキャラは、「庶民の味方のお奉行様」属性で描かれていたので、大変新鮮でした。あと鳥居様は、最後の戦いに科学忍者隊みたいにカッコヨク現れるのはいいが、そのツンデレテンプレな科白はなんなんですか(笑)。
 あと、今巻で、いままでプライベートで開発されていた月女飛(ろけっと)が公共事業、それも軍需産業になりかかるという展開を見せて、エンジニアの倫理についても触れていたのがおもしろかったです。娘さんを月に帰すための「人の役に立ちたいと思って開発した」技術とはいえ、それは人をあやめるために転用できる技術でもあるのだぜ、っていう皮肉展開は、たぶん技術史上にいくつもあったんだな。清吉の月女飛のネガである、おりくさんの花火(大陸間弾道弾)が、試射で民間人の死傷者を出してしまったっていうのはそういうところへの目配りだったのだと思う。
 で、清吉がこだわっていた、「人の役に立つ仕事をしたい」という思想も、簡単に足をすくわれて、そういうろくでもない結果に利用されてしまいそうだったんだけど、それを救ったのが、(発射すれば焼け落ちてしまう)月女飛の外装に黙々と彫刻を施していた三太さんだった、というのがよかったです。
 それで、最後のどんでん返し、それからこれまで煮え切らなかったおソラさんとの関係にもめでたく決着がついた。
 そして、最後まで「思うように生きる」ことを封印していた銀次郎も、お伊勢さんに背中を押されて、ついに自分が望む人生を歩み始める。このラストシーンは、本当にぐっときた。銀さんは誰かのための鍵じゃない、自分のための人生をこれから宇宙で模索すればいいよ。

 ともあれ、大変おもしろい物語でした。レンタルで見ていたんだけど、結局全巻新作料金で借りてたしな! DVD買おうかなあ。