たびするとのさま。

 ずいぶん昔に読んだ童話の思い出。


 時は江戸時代。ある藩で藩主が亡くなり、世継ぎの若君が藩主になるために登城しておりました。しかしお駕籠のすだれを透かしてたまたま旅人を目にした若君は、旅暮らしにやみがたい渇望を抱き、出奔してしまうのでした。見よう見まねで旅人の装束をととのえ、旅の空に踏み出した若君は、道でいきあったお百姓からさとうきびの茎を買います。さとうきびの茎を上手にしがむと甘い汁が味わえるのですが、しがみ方を知らぬ若君の口には、茎の繊維がささってかさかさするばかりでした。
 それからずいぶんと時が流れました。ひとりの旅人がある藩を訪れます。彼は日に灼けた顔でお城の天守を見上げます。その藩では昔世継ぎの若君が突然行方しれずになり、その弟君が新しい藩主として国を治めているのでした。城下は栄え、人びとは幸せそうです。旅人はにっこり笑って城下を後にしました。今はうまくしがめるようになった、さとうきびの茎をかじりながら。


 あ、まずいわ。あらすじ打ちながら涙ぐんでます自分。
 この話、誰が書いたのか、何に掲載(短編だったと思うので、たぶん単行本じゃないだろう)されたのかも忘れ去ってしまった(気にしてなかったともいう)のですが、いまだにときどき筋(正しい筋かどうかも怪しいけれど)を、いわし雲が流れる高い青空のイメージとともに思い出します。
 なんつうか、この話どう考えても完全にファンタジーなんだけど、それでもある種のリアリティがある。これは何か幸せなものをつかんだ男の話なのだけれど、「それ」を得るには、世間的にいかに重大なものでも捨てねばならぬときがあり、さらにそうやっても幸せを得るには相応の修練が必要だというところにリアリティがあって、それでこども心に印象深かったのだろうと思います。
 なんか最近、自分の境遇と重なるところがあるのか、むしょうに再読したくてたまらないのです。赤木かん子さんの本の探偵に頼めばわかるかしらん(読売新聞)。もしも万が一、この記事にゆきあった方でご存知の方がおいででしたら、コメント欄で教えていただけると幸いに存じますよ。